世界遺産、熊野を舞台とした、極上のキャンプとカヌーの自然旅

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ファーストクラスのアウトドア…“なみまくら”

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精米という作業も見えなくなった

精米という作業も見えなくなった

先日、和知山の家で美味しい白ごはんを頂き、仲間が美味しさに感激したあまりお米の購入を所望。「それでは・・・」ということで「自分で精米してや」という運びになりました。そこでその場にいた誰もが「この辺にコイン精米ありますか?」と。

我が家ではカーチャンの意向で玄米を食べることが多く、7分づきとか8分づきといった玄米が白米とともにストックされています。もちろん精米されたものを購入したり、もらったりしています。あたりまえの話ですが生活の周辺に精米という作業がありません。

上の写真を撮影した折、空さん5歳を相手に精米の概念説明を試みましたが、確実に伝わっていません。ギッタンバッコンのシーソーとして理解しているのでは?ましてや一升瓶を棒でつつくなんて・・・。

稲作農家の出荷先が、全国的に「ライスセンター」なるものに変わり、精米が不要になりつつあると聞きます。消費するおうちからだけではなく、稲作農家からも精米が消失しているのでしょう。日本の食を象徴するかのようなお米なんですが、これでいいのか・・・?考え始めると悶々としてしまいます。





| トラックバック(0) |2009年12月 2日 08:45

お誂えのカヌー旅ファーストクラスのアウトドアなみまくら

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