世界遺産、熊野を舞台とした、極上のキャンプとカヌーの自然旅

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ファーストクラスのアウトドア…“なみまくら”

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誰も知らないアウトドア雑誌、情報化元年1995

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1995年は阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件と忘れがたい一年なのですが、公定歩合が史上最低の水準に引き下げられて為替相場が1ドル=100円台に戻り、金融機関の経営破たんと不良債権問題で金融不安が拡大した年でもあります。この年にアウトドア雑誌が複数創刊されています。

Tepee(集英社)、探検倶楽部(青人社)、Beyond(世界文化社)。三誌とも極端な個性はないものの、アウトドアのあるライフスタイルを強く訴求しており評価できました。執筆陣は故人を除けば、大筋現在も活動されている方々。それぞれ創刊号を読み返すと、そのメッセージは至極楽しいのです。70年代のPOPEYEを髣髴させます。

しかし創刊された当初、これらはおそらく埋没していたのではないかと類推できます。実はこの1995年、ウィンドウズ95フィーバー・インターネットブレイク年なのですね。携帯電話の契約数も大幅に増加しました(アムラーも!)。さらに創刊誌数が10年ぶりに200誌を超えた年なのでした。

情報化元年だったのでしょう。手軽な情報入手は消費を刺激し、さらに編集者も刺激を受ける。情報の量的な拡散は雑誌広告出稿量を増やしました。じゃあ、アウトドアはブームになったのか・・・この年を節目として流行したのはスノーボードとバスフィッシングでした。業界全体の底上げにはなっていないのですね。アウトドアの精神薀蓄は拒否されたのでしょうか?

かくしてTepee、探検倶楽部、Beyondはそのマシな内容にもかかわらず、モノ情報で紙面が埋め尽くされることになり意外にも短命で消えてしまいました。生活文化としてのアウトドア発信、もし継続されていたら大きな違いがあったかもしれません。

小沢健二は「カローラIIにのって」、寅さんはシリーズ終了。青島幸男が東京都知事、横山ノックが大阪府知事に。情報化元年、有限会社ピューパも創業を始めた年です。


●懐かしいアウトドア関連エントリー
 ○「80年代のアウトドアというと」 09.04.08
 ○「スキーバブルのさまざまな現象、80年代後半」 09.04.02
 ○「1981年、アウトドア学教程 技術編」 09.03.06
 ○「フロッピー・カメラって知ってまっか?」 08.11.27
 ○「スポーツサークルが勃興した80年代後半」 08.07.09
 ○「80年代前半は開高健にしびれっぱなし。」 08.06.05
 ○「ビバ!オート・キャンプ1971年初版発行」 08.05.16
 ○「車目的地ご案内マシン 80年代はじめのアウトドア」 08.05.08
 ○「1955年太陽族のバンガロー村キャンプブーム」 08.05.01
 ○「1970年親子でお出かけピクニック」 08.04.28
 ○「1973年ラフティングのルーツはこれか?」 08.04.24
 ○「タウンエース広告の反対側のページ」 08.04.22
 ○「1979年タウンエースワゴンの広告」 08.04.21
 ○「庭で子どもキャンプ、してみたら?」08.03.31




コメント(2) | トラックバック(0) |2009年7月10日 11:44

お誂えのカヌー旅ファーストクラスのアウトドアなみまくら

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コメント

長い歴史を持っていたフィールド&ストリーム誌が消えたのが、翌年早々でしたね。
一番好きな雑誌だったんで、残念でした。
ですから僕にとっては、アウトドア雑誌が衰退を始めた頃という印象の方が強いです。

Ryoさんへ

このときの衰退。そこが90年代を読み解く鍵になると思います。

生活提案的なものが空転した・・・それはバブルの破綻を経験した生活者が望んだものなのかも。

90年代はエコロジーという概念が盛んに発信されて入るんですが・・・おおよそ受け入れられなかったのも象徴的。

消費の形態が高度化(低下?)するなかで、生活者の取捨選択の中でアウトドアは商業的(広告取れない)に成り立ちにくくなり始めます。

出版側にとっては愛読者より販売数を求められるようになる。あーわかりやすい。

懐かしいアウトドア90年代編。新境地を・・・・適当に更新する予定です。

誰も知らないアウトドア雑誌、情報化元年1995