世界遺産、熊野を舞台とした、極上のキャンプとカヌーの自然旅

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ファーストクラスのアウトドア…“なみまくら”

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スポーツサークルが勃興した80年代後半

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1985年のプラザ合意以降、日本経済はバブルの頂点にむかって急進します。そのころの日本のアウトドアがどうなっていたかというと、今考えると滑稽な現象がたくさん生まれていました。そのうちのひとつが、大学生を中心とした「スポーツサークルの勃興」です。

テニスサークルなどが各地の大学で増殖するわけです。同好会ですので体育会とは一線を画する存在です。どちらかというと、規律を守って競技するのではなく、どうやったらカッコよく見えるか?という方向性に努力していた「ふぞろい」に同調する人が多かったようです。

かくしてサークルはネズミの大繁殖のように増え、テニスに留まらず、パラグライダー、ジェットスキー、ダイビング、乗馬など、当時ニュースポーツと呼称された領域に広がっていきます。いわば、日本のアウトドア産業がこの時、異様なスピードで認識・定着したわけです。

写真は、それらスポーツサークルのネットワーク化をもくろみ、大学内や各地のスポーツ施設での無料配布で発行された「スポーツサークルセンター(SCC):スポーツネットワーク」です。1988年で5万部発行。広告主は、ユースマーケット獲得に乗り出したSEIBUグループSESONカード(知ってまっか?)などが目立ちます。

誌面からは、この時代にアウトドア(ニュースポーツ)の“スクール”や“ツアー”、“ステップアップ”といった、今日に継続する概念が形成されたことを確認できます。スクール一日10,000円上代が定着。それらのお客様に、アルマーニに身を包み、ロレックスの時計を持った大学生が大勢いたわけです。すげぇー。

そして、この大学生たちが、アウトドア業界、最後のユースマーケットになってしまいました。この後、若者たちはアウトドア市場(BBQ以外)から消えてしまうのです。よく知っているでしょ?そりゃそうです、原体験しました。貧乏でしたが、私、スポーツネットワークの副編集長だったのでした。写植の時代、ニコンF2を持って取材に走ってました。

●懐かしいアウトドア関連エントリー
 ○「スキーバブルのさまざまな現象、80年代後半」 09.04.02
 ○「1981年、アウトドア学教程 技術編」 09.03.06
 ○「フロッピー・カメラって知ってまっか?」 08.11.27
 ○「スポーツサークルが勃興した80年代後半」 08.07.09
 ○「80年代前半は開高健にしびれっぱなし。」 08.06.05
 ○「ビバ!オート・キャンプ1971年初版発行」 08.05.16
 ○「車目的地ご案内マシン 80年代はじめのアウトドア」 08.05.08
 ○「1955年太陽族のバンガロー村キャンプブーム」 08.05.01
 ○「1970年親子でお出かけピクニック」 08.04.28
 ○「1973年ラフティングのルーツはこれか?」 08.04.24
 ○「タウンエース広告の反対側のページ」 08.04.22
 ○「1979年タウンエースワゴンの広告」 08.04.21
 ○「庭で子どもキャンプ、してみたら?」08.03.31




| トラックバック(4) |2008年7月 9日 06:37

お誂えのカヌー旅ファーストクラスのアウトドアなみまくら

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