世界遺産、熊野を舞台とした、極上のキャンプとカヌーの自然旅

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ファーストクラスのアウトドア…“なみまくら”

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1973年ラフティングのルーツはこれか?

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「懐かしいアウトドア思い出アルバム」です。
いやはや、ものすごくインパクトのある広告ですね。「高級ガム」と、激流下りラフティングの相関関係はというと…この広告は「女性セブン」1973年7月4日発売号で、大量ページを割いて「夏のアウトドア特集」が展開されており、そのなかの広告として入っていたものです。何とも言えません。

ガムなので…通常は公園でデートしている写真や、せいぜいピクニックのワンシーンなどの写真を挿入していた広告だったのでしょう。しかし、女性セブン編集部から「来月は、ちょっぴりアドベンチャーなアウトドアの特集よ!」といった誌面企画書が届けられたのでしょう…ガム広告クリエイティブチームでは、こんな会議が行われたのでしょう…

「いいじゃん、かっこいいアウトドアのアドベンチャーやろうよ!」
「そうっすね、逆巻く激流をボートで下るとか、無人島でつりをするとか、嵐の海を泳ぐとか…そんな雰囲気がいいっすよね!ビバ・アウトドアっすね!
それで、それ、誰がやるんすか?」
「そんなのヤマちゃん(注:カメラ助手25歳)にやらせればいいよ!」
「そうっすね!」

「…」

「でも、どうしてガムと関係あるんすか?」
「んー、いいじゃん、なんか文案でカバーしてよ、なんかこう、大自然を実感するような感じでさあぁ…」
「分かりました、文案家の先生に相談するっす」

てな感じで、あわれヤマちゃんは5月の冷たい利根川上流あたりで、本写真撮影に挑戦したものと思われます。まあ、ライフジャケットは着けてもらって何よりです。なぜかしらボートに設置されている「ブイ」らしきものは「浮き輪」代わりか?ロープが付いているので、こいつは危険です。

出来上がった広告は案外評判が良かったのかもしれません。その後、女性セブン誌面を調べませんでしたが、もしかしたら「ヤマちゃんのアドベンチャーシリーズ」と題して、ガムの広告が続いたのかもしれません。まあ、そんなこっちゃ知ったことありませんが、ヤマちゃん…今何しているのでしょうか?

ちなみに…大学の探検部が主体となり、第1回リバーベンチャー選手権大会が開催されたのが1977年。四国吉野川で営業目的のラフティング事業が産声を上げるのが1987年ごろとされています。探検部の大学生がこの広告を見て、ラフティングをはじめたのかどうかは定かではありません。

●懐かしいアウトドア関連エントリー
 ○「スポーツサークルが勃興した80年代後半」 08.07.09
 ○「80年代前半は開高健にしびれっぱなし。」 08.06.05
 ○「ビバ!オート・キャンプ1971年初版発行」 08.05.16
 ○「車目的地ご案内マシン 80年代はじめのアウトドア」 08.05.08
 ○「1955年太陽族のバンガロー村キャンプブーム」 08.05.01
 ○「1970年親子でお出かけピクニック」 08.04.28
 ○「1973年ラフティングのルーツはこれか?」 08.04.24
 ○「タウンエース広告の反対側のページ」 08.04.22
 ○「1979年タウンエースワゴンの広告」 08.04.21
 ○「庭で子どもキャンプ、してみたら?」08.03.31

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コメント(2) | トラックバック(10) |2008年4月24日 06:57

お誂えのカヌー旅ファーストクラスのアウトドアなみまくら

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コメント

ラフトの発明者が、つい先日までお隣さんでした。

ラフトもジェットボートも、ニュージーランドの自然保護省(DOC)の前身の「フォレスト・セイヴァー」という役所に所属するハンター達が、超山奥で撃ち殺した害獣(シカ)を運び出すために考え出したものです。
1960年代終わり頃の話ですね。

で、彼らはパテントも何も持ってなくて、単なるハンター。
それを見て「おっ!」と思って商業ツアーを始めた連中は大金持ちになっております。

もちろん商業ラフティング、商業ジェットボーティング、両方ともNZ発祥です。

この写真見ると、かなり早い時期に日本にもラフティングの存在自体は伝わってたんですね。

Ryuさんへ
ご訪問ありがとうございます。また、コメントの反映が遅くなりまして申し訳なかったです(ロボットによる嵐がすさまじく…)。

やっぱりNZですか!商業に転化できる発想力というかバイタリティーはすごいですね。また大金持ちに「なれちゃう」あたり、新しいもの、純粋に面白いものを“大歓迎”する雰囲気というのがすごいです。

「お隣さん」だったの?それも笑えますね。

おそらくその後、NZからカナダ、西海岸方面に輸入されることになるのでしょうね。70年代前半ぐらいでしょうか?アチラでは軍用ボート(朝鮮戦争〜ベトナム→カンボジア)の払い下げがたくさん存在していたことでしょうね。

チベットあたりでもかなり古くから定着もしたラフティング。アジア諸国で観光目的での積極的な導入がはじまっていますね。こっちで確認しているだけで韓国、台湾、タイ、マレーシア、そして中国…日本人もそうですが、欧米人もこのあたりは、案外覚めた眼で見ているのかもしれません。


1973年ラフティングのルーツはこれか?